天も地もない、理不尽なまでにだだっ広い漆黒。
ぽつりぽつりと浮かぶ星以外には見るべきものもない空間で、玄冬はいつものようにひとつの惑星に見入っていた。



 第一話 ― てのひらの先に ―



「なんだ……また、箱庭(それ)を見てるのかい?」

ふいに背後に立った影が、これまたいつものように呆れた調子で呟いた。

「まったく、それの何がそんなに面白いんだい?」
もう何度繰り返したかわからない質問を再び口にした黒鷹は、言ってしまってから自分の変わり映えのしない科白に苦笑した。
箱庭を去ってからもう幾星霜の年月が流れた。
玄冬もいない、白梟もいない箱庭にはもうそれほどの興味もないのだが、箱庭を覗き込むたびに「今日は雪が降った」とか「桜が咲いた」とか真面目な顔をして教えてくれる玄冬が面白くて、つい毎回同じことを訊ねてしまうのだ。
だが、今日の答えは一風変わっていた。

「面白いというか……最近細かい部分が見えなくなったなと思って」
「は?」
黒鷹は、予想外の答えに間の抜けた声をあげてしまった。
当の玄冬は、黒鷹のほうに顔を向けもせずに、目を眇めながら箱庭をのぞきこんでいる。
「ほら、最初の頃はぼんやりとだが人とか家とか見えただろう?
 最近はなんていうか、靄がかかったようになっててよく見えないんだ」
「目が悪くなってるんじゃないかい? そんなのばっかり見てるから。
 たまには他のものに目を向けたまえよ」
「……そう、かな」
ようやく目をこすりながら顔を上げた玄冬に、黒鷹は内心で快哉をあげながら笑みをこぼした。
「そうそう。なんなら、眼鏡作ってあげようか?」
「…いや、あれはいい。頭がぐらぐらするから」
「なんだ、似合うのに」
黒鷹が残念そうに呟いたとき、突如、耳慣れない音が空間を引き裂いた。


ひゅいいいいいいん


目の前の空間に、ぱっと光る点が走った。
周囲の空間がひきずられるようにそこに巻きこまれて、瞬く間に光る渦を為していく。

呆気にとられて眺めている二人の前に、目を射るほどの光を受けて、渦の中心から一つの影が現れた。
まばゆい逆光の中で、赤い髪が燃えたつように揺れている。

「…なっ、」
「ちびっこ!?」

その人物は静かに顔を上げると、黒鷹には見向きもせず、玄冬に向けて踏み出した。

「ひさしぶり。……玄冬」
「は、花白…?」


現れるはずのない人物。その柔らかい髪も、赤い光を放つ瞳も、あのころと何一つ変わっていない。
玄冬が狼狽えた声しか出せないでいると、花白は複雑な笑みを浮かべた。

「やっぱり変わってないね、君は」
「…それは…」
当然だ。もう遠い昔に、玄冬と黒鷹は箱庭の時間の流れから出て来てしまったのだから。
年をとることも、変わることもない。
だが、なぜ花白まで……。

「こらこら、私の存在を無視しないでくれたまえよ?」
玄冬がありえない思いに硬直していると、会話から置いてけぼりを食った黒鷹が割って入った。
口元は笑っているが、その琥珀色の瞳にはひとり置き去りにされた怒りがたたえられている。

「うるさいバカ鳥! 僕は玄冬と話してるんだ」
「おお、懐かしい反応。久々に聞くと悪くないねえ、それも」
痛烈な花白の攻撃。しかし黒鷹は余裕の笑みで赤い頭を見下ろした。
「なっ…」
「しかし、もう随分経つというのに全然背が伸びてないな君は。いつまでちびっこのままでいる気だい?」
「うるさいうるさい!! そっちこそ無駄に長い帽子かぶってるくせにっ。帽子で身長かせごうとしてるの見え見えなんだよ!」
「むぅ…言ったな…?」

感動の再会(?)から一転、なにやら火花が散る勢いである。
ここしばらくこの騒がしさを忘れていた玄冬は、口をはさむこともできない。
しかし、新たなる攻撃を加えようと花白が猛然と口を開きかけたそのとき、暗い空間に澄んだ声が響き渡った。


「…こんなところまで来て何をしているのです? 貴方がたは」

驚いて顔を上げると、少年の背後、既に閉じようとしていた空間の歪みの、最後の残滓から新たな影が現れた。
淡い金髪が、ゆるやかに全身を包むヴェールが、暗闇の中でぼうっと光っている。

「し、白梟!?」
「おひさしぶりですね…黒鷹」

静かな声と共に降り立ったのは、彩国の白羽の預言師、白梟であった。



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