――彩歴XXX年
世界は、温暖化の脅威に晒されていた。



花帰葬スペース編
 序章 ― この世界はどうしてこんなに暑いんだろう…? ―



「白梟様に申し上げます!!」
ばたばたと廊下を駆ける足音がしたと思うと、扉を叩き開けて伝令の兵士が姿を現した。必死の面持ちで、あがりきった息をなんとか落ち着けようと肩を上下させている。

彩城の奥まった部分にある預言の間のさらに奥深く、薄い紗の向こうに座す人物は、これを微かな微笑でもって迎えた。
「どうしました?」
落ち着いた声は水面を渡る風のように涼やかだ。紗の幕がさらりと動き、儚げな美貌の人物が現れる。
白鳥の翼を思わせる衣装に身を包んだ、女性とも男性ともつかない華奢な体格。ゆるやかに波打つ淡い金の髪。そして、その奥から覗く、金緑石の瞳。
救世の使いとして名高い白羽根の預言師、白梟である。

兵士はその姿に気圧されたように一瞬だけ声に詰まり、しかしすぐにそれどころではないことに思い至って言葉を継いだ。
「な、南極点の氷がっ…! つ、ついに、決壊を始めましたっ!!」
近い将来訪れると判っていた破滅の前兆。予見によって判ってはいたものの、いざそれが目前に迫ったとあっては、どうしても声が上ずってしまう。
兵士の声に含まれた脅えを察知してか、それとも報告の内容にか、紗の向こうの気配がわずかに変わった。
「やはり来ましたか……。 それで、陛下はなんと?」
微かな緊迫感を含んだ声で、あくまで静かに問いかける。兵士は、世界の運命を左右する重要な伝令を口にすることに身を固くした。
「はっ! 急ぎ救世主様のご助力を仰ぎ、玄冬を討伐せよとのことです!」
穏やかな光を湛えていた金緑石の双眸が、すっと引き締まった。


 * * * * 


「……時は満ちました」

深とした部屋に、冷ややかな声が響いた。
先程の兵士は下げられ、いまや予言の間に佇んでいるのは白羽根の預言師と、一人の少年だけである。
「箱庭の気温は上がり、もはや限界が近づいています。国土の四分の一は砂漠と化し、地には怨嗟の声が満ちています。極点の氷さえも崩壊を始めました。このままでは、早晩この箱庭も滅びるでしょう」
少年はわずかに頷いただけだった。その表情からは、感情を読み取ることは難しい。

預言師は、つと窓の外に視線を向けた。彼らのいる影にまでは届かないが、灼熱の日差しは今この瞬間も、庭園の樹木を苛んでいる。
だが彼らの言っている箱庭とはこの庭園のことではない。生きとし生けるものを内包した、この小さな世界のことだ。
「この温暖化が玄冬の仕業であることは明らかです。箱庭を滅ぼさないためになどと息巻いてこの世界から逃げ出したはずであるのに、結局この箱庭に滅びを導いている……因果な生き物ですね、あれも」
淡々と語る白梟の声には、かすかな軽蔑と憐れみが滲んでいる。
これに対して、少年は冷ややかに口を開いた。
「そう思うなら、クーラーなんか効かせてないで少しは温暖化に対抗してみたらどうですか?」

緑に囲まれているため外気温の影響を受けにくい、という比較的恵まれた環境にある彩城の中でも、この部屋の涼やかさは際立っている。肌寒いといってもいいくらいだ。多くの者はこれも預言師の力のなせる業だと思っていたが、その正体は紗で囲まれた空間でひっそりとフル回転している「クーラー」なる機械の威力であった。
某国で開発されたこの機械は冷風を作り出す一方で温暖化の原因にもなるということで、世界の均衡を重んじる彩国ではご禁制品であったのだが、この預言師はそれをどこからか入手して来たのである。

「何を言うのです、箱庭の温暖化はこのような機械ごときのなせる業ではありません。それにそなたとて、こうして涼を求めて入り浸っているのです。人のことを言えた義理ではないでしょう」
さも当然のように言い放ち、改めて少年に向きなおる。
「すべては玄冬のせいなのです。 救世主の務めに従って、箱庭の外に赴き、玄冬を殺しなさい。……よいですね、花白?」

「……はい」
頷いた少年の瞳には、苛烈なまでの赫い光が宿っていた。






『箱庭の外で春を告げる者』を書いたあと、はたと気付いたことがあります。

これ…この理屈でいくと玄冬のせいで温暖化が起こりかねない!?(笑)

そんなアホなセルフツッコミを捧げ先のあきらさんに送ってみたところ、返ってきたメールが↓
「花帰葬2 〜この世界はどうしてこんなに暑いんだろう…〜」

そんなわけで、完全にノリで始めてしまった花帰葬スペース編。
どんなことになるやらわかりませんが、お楽しみいただければ幸いです。


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